キッチンドランカー

「…何をしている?」
 月も無い暗い夜、闇の大海原に船一つ。
「…何をしている?」
 さそり座アンタレスの不気味に赤黒い光、時折吹く風の生温かさ、ぎしりときしむ床。
「…何をしている?」
 人気の無い甲板、人気の無い倉庫、皆寝静まった正真正銘の深夜。
 唯一ランプの明かり揺らめくキッチンに人影二つ。
「…なあ、何をしている?」
 言葉を発しているのは緑髪の青年。
「…なあ、何の真似だ?」
 口調に戸惑いの色をにじませる青年の足元にもう一つの人影。
 パーフェクトなプラチナブロンド。しばたいて伏せられる金色の睫毛。覗く青の瞳。
 金髪はお高いんだぜ、色町でこんな髪色の女を買おうとしたら用心棒らしき黒服に言われたセリフ。青年はぼんやりそんな事を考える。
「何の真似だと思う?」
 金髪の発する声音は穏やかでまるで聖職者の説法のようだ。彼の仕草にまるでそぐわない。
「どんな意味があると思う?」
 ゾロの手から奪ったウィスキーを靴にたらし、自らの舌で拭う行為。飽きもせず、幾度も。
「…っオマエ、食いモンは粗末にしねえんじゃなかったのか?」
「だから、ちゃんと全部舐めてる」
 含むような淫靡な笑いと共にサンジは答える。
「そういうことじゃねえだろ」
「そういうことだよ」
「…何で、わざわざ俺の靴を舐める?」
「そうしたいからだよ」
「何で」
 ようやく靴から唇をはなす。唾液に濡れてぬめった光を放つ黒い靴。欲に濡れて光る瞳。
「したいんだよ。それが理由じゃ、いけないか?」
 最近陸に上がっても処理してる時間なんてなくてさ、切羽詰ってんのよ。ヤレる女がいねぇ海の上こんな状況、選り好みはしてらんねぇだろ?
「…何で俺だ?」
「お前が一番保ちそうだからな」
「何が?」
「…ナニが」
 笑いのカタチにサンジの唇がゆがむ。他の船員の前では絶対見せない淫蕩な笑み。
 不機嫌極まりない、と言いたげにゾロの眉根が寄る。
「…っ…オマエはいつもこんな風に男を誘うのか?」
 一呼吸置いて。
「…いや」
 にやにやと、下卑た表情をさらすサンジ。
「いつもはもっとヤらしく誘う」
 そっと腕に添えられたサンジの手を、虫でも振り払うようにゾロは払った。
「ヒデエなぁ」
「…俺は男相手になんか勃たねえぞ」
「勃たせてやるよ」
 うやうやしくゾロの手を取って、ゆっくりと指の股に舌を這わせる。
 媚びた上目遣いでゾロの表情を伺う。
 空いている手で、自らネクタイを解き、シャツを一気に引きちぎる。ボタンが飛ぶ。
 指と唇の間に、唾液の橋。
「…僕は犬です」
「は?」
「してくれれば誰にでも従う、犬です」
「何を…言って…?」
「淫乱なんです」
「……」
「あなたが、欲しい」

「…オイ?」
「あなたの太いのを、愚かな僕の中に入れてください。慰めてください。中に入っていないと、満足できないんです。僕は淫乱なんです。だから、あなたのコレを、奥まで入れてください」
「…オマエ…変、だぞ」
 呆気に取られる男の股間をまさぐりながら、芯から面白そうに金髪が笑う。
「俺、いつもはこうやって男誘うの。変態のホモは、結構コレでしっかり参ってくれるんだが…オマエ、ちょっとしか反応してないのな」
「…っ」
 ゾロの眉毛がびくびくと痙攣する。
 乱暴に顎を掴む。
 そのまま無理やり引き寄せ、こぶしで腹を殴る。
「って〜。ナニすんだよっ!?」
 裸の腹にゲンコはないだろうよ、剣士様。それともそういう…SMめいたシュミをお持ち?
 サンジは目の端に生理的な涙を浮かべつつ、軽口を叩く。
「…オマエはそうやって、男を銜え込むのか」
 低い、抑えた声。
 でも、その低さが官能をくすぐる。
「そうだ。この前寄った町でも…一人、引っ掛けた。…いい男、だったぜ。オマエほどじゃねえけどよ」
 ゾロの目が凶暴に光る。魔獣の迫力が満ちる。サンジは知らず身を震わせる。
牙を立てられる予感。爪を立てられる予感。引き裂かれる予感。己の身体を傷つけられる予感。
 そして、その予感から呼び起こされる倒錯した官能。
「判った。…ケツ出せ」
 暗く沈んだ獣の声に、金髪の獲物は嬉しそうな笑い声を立てる。
でも目には新たな涙。獣には隠れて。



「しゃぶれ」
 床が身じろぎするたびにぎしぎしきしむ。風が窓を叩く。
 波に揺れる船。
 揺れるランプ。
 揺れるオレンヂの光。
 オレンヂの中に吐息二つ。
「うぅ…ん」
 従順に股間に顔を埋める裸の男。口調とは裏腹に、股間の金の頭を優しく撫でる男。
 アイスクリームを舐めるように、ゆっくり味わうように、舌を使う金髪の男。
 大して息も乱さず、怒りを内包した表情でそれを見つめる緑髪の男。
「へへっ…銜え切れねえよ、コレ…」
 通常規格より大きい陰茎を手に、媚びた笑いを浮かべてゾロを見上げる、通常規格より小さめの唇を持つサンジ。
「…ちょっと我慢すりゃ、銜えられんだろ?」
 てめぇ、舐めんの下手なんだから、銜えるのくらい気張れよ。誘った側の責任っつーモンがあんだろうがよ。
 今まで優しく髪を梳いていた手で、乱暴にサンジの頭を掴む。
「歯ァ、たてんなよ…っ」
「ぐぅっ!!」
 喉奥深くまで腰を沈める。鷲掴みにした髪を上下に揺する。
 口腔をいいように犯される苦しさ。サンジの目から涙が零れる。むせて、口の中のものを吐き出してしまいたいのに、ゾロの手は許さない。
「がぁ、……ぁ、ぁぅ…ぅう…」
 閉じられない口の端からだらだらと唾液が流れる。今にも外れそうな顎。
「テメェのフェラ…今までで一番ッ…最低、だなァッ!?」
 サンジの頭を掴む手を激しく動かしながら、悪態をつく。
「次の島で、商売女にでもおしえて貰え…ッ」
 文句を言いながらも次第に荒くなってゆくゾロの息。
「ん、んぅ…」
 先走りの苦味が口の中に広がって、コックを生業とする男の顔が歪む。
「オラ、…もうすぐ…イくから…全部飲め」
「あ?あ、あぅ、ぅぅ…ぅう!!」
 激しくなった抽挿に、ますます歪むサンジの顔。
「かっ…かぁ、ぁ…」
 食材になり得ないモノを口にさせられる、コックとしては最悪の屈辱から免れようとサンジはもがく。が、ゾロの両手がしっかりと頭を押さえつけている。
「…出すぞっ」
 ゾロが呻く。
「ぐ、…げ、げぇっ、ぐぇっ」
 毒でも飲んだかのように盛大に吐きだされる白濁。
 やっと開放された頭を打ち振る。せめて精液の味覚を忘れようと努める。
「…気持ち悪ぃ…」
 それでも少しは飲み込んでしまったらしい。指を突っ込んでまで吐き出そうと、サンジは必死になる。
「コックがこんなモン口にするなんざ…最低だぜ…料理の味、判んなくなっちまう…」
 恨みがましい目で見上げるが、ゾロはまるで意に介さない。
「サカってるエロコックに、親切にも付き合ってやってんだ…多少の我慢、しろよ」
 鼻で嘲笑。
「…にしても」
 獣の目が真剣味を帯びる。
「俺は、“全部飲め”って、言ったよなぁ?」
「飲めるわきゃねーだろ、あんな不味いモンッ!!」
「ああ?」
 ゾロの顔が歪む。娼婦に拒否されて怒りが頂点に達した、そんな感じの表情。
「あぐっ!!」
 いきなり頬を張り飛ばされた。こぶしで。
 口内に血の味が広がる。
「手加減はしてやったぜ…」
「な、何なんだよっ!?」
「こっちはお情けで、突っ込んでやる、って云ってんだ。素直に言う事を聞け。逆らうな」
 あまりにも威圧的な態度に見開かれるサンジの目。
 喧嘩は何度も繰り返してきたが、こんな態度は取られた事が無い。
 凶暴で、自己中心的で、己の快楽のみを追う、ただの獣。
「…判ったよ。逆らわねぇ」
「イイ子だ」
 獣に魅入られる快感。獣の情動を手にした満足。そしてまた快感。



 深夜、この船、このキッチンの中。
 喰うものと喰うもの。喰われるものと喰われるもの。
 互いに互いを喰らい合い、互いに互いを喰わせ合う。
 吐息、摩擦音、暴力的な睦言。
 汗に塗れた肉塊二つ。
「なぁ…焦らすなよっ…」
 体中嘗め回され、女のように声を上げる。
「もう挿れろ…って…オマエもツライ、だろ…?」
 穴の中の指が三本、粗雑に回される。湿った音が漏れる。
「いぁっ…あ、やめッ…」
 ダイレクトに前立腺に響く。だらだらと先走りを垂れ流す。
 快感を散らそうと頭を打ち振る。唇の端から唾液が零れ落ちる。
「…ッオイ…ンなにしたらッ…イッちまうって…」
「…いいぜ、イけよ」
「だ、だってオメェ…オメェ、俺だけなんてッ」
 片手を体内に、もう片手を陰茎に添えて、ゾロはサンジを快楽の淵に追い詰める。
 前後から繰り出される快楽の渦に、必死に巻き込まれまいと抵抗する金の獣。
「ナニ我慢してんだ。イけよ。イイんだろ…?オマエのイク時の顔、見てみてぇ…」
「ヤダァッ…やだあッ!!」
「イイ子だから、ツラ、見せてみろ」
 優しく耳に流し込まれるゾロの低音。熱い息を感じて、ぞわりと更なる快感が襲う。
「やめ…!!」
「…俺にツラ見せるのは、そんなに嫌か…?」
「…っ!!」
 びくびくと痙攣するこめかみ。歯を食いしばって何とか波をやり過ごす。
「…そうか」
 ゾロは快感を与えていた手からサンジをあっさり開放する。
 そしてゾロが手に取ったものは、放り出してあったサンジのネクタイ。
「ンなに俺の前でイきたくないなら、望み通りにしてやるよ」
「なっ!?ゾロ、何をっ…?」
「…イきたくねえんだろ?」

 にやりと笑って、根元をネクタイで拘束。
「これで、イケねぇ」
「この…変態野郎ッ!!」
「その変態を誘ったのはテメェだろう?」
 ネクタイを解こうとするサンジの指。それを阻止するゾロ。
 両腕を一まとめに掴む。サンジのシャツで両手首をくくりつけ、頭上で固定。
「オラ、力抜け…」
 ゆっくりと進められる腰。ゾロの汗が直下のサンジの肌に滴り落ちる。

「くぅ…ン…」
 充分慣らしたので痛みは無い。
有るのは圧倒的な質量と存在感による違和感。吐息の荒さ。互いの肌の熱さ。
「動…くぞ…」

 低く呻くような声で告げられる。
「あっ、あう…、ぐぅっ!!」
 内側から擦られている快感。
 前立腺どころではない。視床下部直撃の快楽。
 感じるところをモロに刺激される。
「ヒッ、ひぁ、あぁ…」
 先刻から爆発寸前なのに、ネクタイの拘束で開放がやってこない。
「イか、イかせてぇっ…」
 好き勝手に腰をグラインドさせていたゾロが、動きを止める。
 面白そうにサンジの顔を見つめる。
「イきたくねぇって言ってみたり、イきてェって言ってみたり…ワガママなエロコックだぜ」
「頼むからっ…」
 ぶるぶると震える首筋に落とされる舐めるようなキス。

 開放を待ちわびている陰茎にそろりと手を伸ばす。
 ネクタイを解かれる予感に緩むサンジの頬。
「頼みは聞けねぇな」
「いあッッ!!!」
 そっと触れるだけで、ゾロの手は止まってしまう。
 そしてサンジの悲鳴をそのままに、己の快楽だけを追及する。
 中途からサンジは我を忘れた。




 風はいつの間にか止んでいた。
 闇の空も、東がうっすら白く染まり始めている。
 穏やかな波、ゆるく揺れる船、明かりの消えたランプ、薄暗いキッチン。
 身を起こし、金の頭をぼんやりと振る。考える。
「おめぇが悪ぃんだぜ?」
「俺以外の男と寝た話なんて、すっから」
「俺に見せてやるツラなんざ無ぇ、って強情はるから」
「オメエは、俺のこと処理道具にしか思ってねぇ」
「俺はオメェのこと、好きなのによ」
 プレイ中に、そんな自分に都合いいゾロのセリフを耳にした気がした。
 でも、気のせいだろう。
 幻聴だろう。
 終わった途端、ゾロは用は済んだとばかりに出て行った。
 一人だけ身支度を整えて、何の言葉もかけずに、一瞥もくれずに。
 だから、気のせいなんだろう。
 そんな、自分に都合いい話、あるわけ無い。
 気のせいだ。
 サンジは一つ、ため息をついて、最後まで開放されなかった自分自身を見下ろす。
 気に入りのネクタイが先走りで汚れていた。
 折角身体を繋いだのに、結局自分の手で処理する事になる惨めさに唇を噛む。
 いっそこのまま、快楽を我慢してやろうか。せめてものゾロへのあてつけに。
 しかし身体の熱に逆らいきれず、そろそろとサンジは手を伸ばし、ネクタイを解いた。




   =================
 …えっちを頑張ってみました。 でも、全然えっちじゃないわ。行為が長ったらしいだけ。くそう。まだまだね。
 鬼畜でありながら、切なく、すれ違ってはいるけれど愛あるゾロサンを目指しました。
 そして思いっきり失敗。えっちも途中で筆投げてるし(笑)
 一応、この二人は両思いなんです。でも、互いに片思いだと思い込んでいます。おバカさんたちです。
 …にしても、こんな風に開設しなきゃいけない、っていうのは、まだまだ修行が足りないってコトですよね…

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